2015年12月2日水曜日

冨樫義博がゴンを見つけた日

私はデスクトップPCのモニタで電子書籍を読むのが好きだ。

Kindle for PC がリリースされてからというもの、私は手持ちのコミックの電子版買い直しを進めてきた。
(やはり紙は傷むし、ホコリもたまるから)
(電子書籍を購入すると、直接作者にお金を払えているような感覚になるのも良い)

最近、私のKindleライブラリに加わった冨樫義博の「HUNTER×HUNTER

再読してブログに書こうと思いついたことを書きます。

画像をそのままのせるとアレなので私の手書きで失礼。


これは第10巻にでてくるゼパイル。



念能力者ではなくプロのハンターではない。美術品の目利きで元・贋作製作者。

オークションの聖地ヨークシンシティでゴンとキルアに出会い、2人に競売の世界のルールを教えることになる。

競売会場で横行する高度な心理戦に純粋な興味をよせるゴンに感銘をうけるゼパイル。

「HUNTER×HUNTER」10巻 P91~
「こいつ… そうか」

「あるのはただ1つ 単純な好奇心」


「目利きが全く通用しない 五分の品……ってとこか」


ここでのゼパイルの「気づき、驚き」は、冨樫義博の「気づき、驚き」そのものではないか。

冨樫義博が10巻で主人公ゴンを「再発見」したのだ。
生まれ故郷であるくじら島からヨークシンに至るまでのゴンの行動を見て、ここで初めて冨樫義博はゴンの性格の言語化に成功したのだ。


「念」がやどるほど精巧な贋作を作っていたゼパイル
だが、ゼパイルはプロハンターではなく、どちらかというと我々(読者)、現実の常識人に近い存在として描かれている。(一念発起して受けたハンター試験には落ちたしね)

やはり、
ゼパイル= 冨樫義博 で間違いないようだ。

ゴンの行動や決断によってゴンがどのような性格であるのかプレゼンしていくのが漫画でありエンタメであり芸術である。

ゼパイルの心の声(=活字)を使って読者にわかりやすく説明する必要はまったくない。だけど、ゼパイル(=冨樫義博)の心中でゴンに対する感動が爆発したのだ。書かざるをえなかった。

「おまえ、本当に面白いヤツだな!」(←冨樫義博が机の前で叫んだ言葉、想像だけど)

このゼパイルの「発見」に前後して、冨樫義博は先のエピソードであるヨークシンシティ編の後半部とグリードアイランド編の細かい構想を一気に固めていったはずだ。
(頭の中のゴンがますます活発に動き出したに違いないから)

ゼパイルのいう「つまりこいつは…… あやういんだ」というセリフから始まって、29巻でのゴンの「もうこれで終わってもいい」というセリフまで完璧な一筆書きでゴンが描かれていくことになる。


ハリウッド映画においてもこのような「作者の化身」が登場人物として出てくるものがある
作家性の強い脚本家が手がけたメタ構造の映画とかね

『アダプテーション』(2002)では主人公が実際の脚本家(チャーリー・カウフマン)と同姓同名。ここまで極端にやるとわかりやすいコメディとなる。
(まじめな顔で見ちゃいけない、無理して笑いながら見る映画)


くりかえしになりますが


このゼパイルがゴンの顔を見ているまなざしを表現するこのコマ、冨樫義博がゴンのことを改めて見つめ直しているみたいで好きです。
このエントリーはそれが言いたかったの。

冨樫先生! 
ゼパイルを主人公にして「ギャラリーフェイク」みたいなスピンオフの短編とかどうすかね……

0 件のコメント:

コメントを投稿